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あやめ十八番『ゲイシャパラソル』を観劇しました

2018年6月9日から17日までの2週間に渡って再演されたあやめ十八番の第10回公演『ゲイシャパラソル』@高円寺・座の墨組千穐楽を観にいきました。舞台を見るときには、戯曲を読み込んでから観ることが多いですが、今回は劇場で台本を販売しているということで、観劇後にじっくりと読み返し、漸く感想をまとめることができました。

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恋愛を軸に、国の衰退と名前の持つ意味などが絡み、観たものに、あなたのアイデンティティを支えているものは何かと問いかけているような不思議な後味を残す作品でした。

 

まず、時代設定が平成60年という今から少し先になっています。この戯曲が書かれたとき、すでにこの年号はここまで続かないと分かっていただろうし、再演が決まった今年、すでに平成の終わりが見えていたので、実際には存在し得ない時代だと認識して開演を迎えられたため、謂わばファンタジーとして、容易には起こらないであろう戸籍売買の話題にも抵抗なく入り込むことができました。西暦ではなく和暦が用いられたことで、江戸の意気や深川芸者を中心に据えることに違和感が感じられなかったのかもしれませんが、とにかく不思議なことに、未来設定でありながらも、過去の要素が存分に持ち込まれ、そして現代社会の行き着く先を見せる芝居だったと感動しています。未来と過去なのに、間違いなく現代を切り取ったと感じさせる台詞と演出が、何度もそれで良いのかと問いかけてきます。ラブストーリーでありながら、社会派な面も兼ね備えていると感じました。

 

戸籍売買は、お金のためなら日本国籍を売ってしまうという非常にセンシティブな話題でありながら、柳屋で働く人は仇吉を除き皆戸籍を売り払い、中国名を得、さらには芸者名で生活しています。名前の持つ意味や国籍、日本人としてのアイデンティティはどうなってしまうのか、非常に興味を駆り立てられました。それは行政の効率化のためにマイナンバー制度が導入されるときにも、ナンバリングされて、自身の情報が串刺しになるのであれば、名前が持つ意味はあるのか、などと話した記憶が蘇ったこともありますが、何より『ゲイシャパラソル』の中で、お金がある人は日本人として生き、金で戸籍を買い戻したエピソードを挟みながら、さらに日本人として名前を売らなかった仇吉(後に名前を売らなかった所以が語られますが)を引き受けるのですが、お金に困り、日本人としてのアイデンティティをお金と引き換えに手放した人に待っているのは、お貰いさんとして一生を終えるという人生であり、貧困やホームレス問題と富裕層の生活が並行して描かれるというなんとも厳しい現代社会の描き方だと感じました。

 

しかし、戸籍を手放しながらも、柳屋で喜助と芸名をもらって働く太鼓持ちは、お金がなくても、日本人としてのアイデンティティを失っても、柳屋で自分の居場所を見つけて恋をし、思いのままに猫と戯れたり、稽古場を覗き見したり、人間としての生を全うしようと必死に命を燃やしながら生きているように、わたしの目には映りました。だからこそ、作中歌トニー谷さんの『あんたのお名前なァんてェの』にはドキッとしました。日本人としてのアイデンティティを確立してはいるけれど、私は一体何者なのかと思ったとき、国籍の持つ意味を考えずにはいられませんでした。

 

さらに、舞台に華を添える和傘もまた、中国から伝わったものが、和紙や竹を使用し日本の美しい傘として伝統を築いてきたことを思うと、伝統工芸の後継者問題や材料費の高騰問題と、傘職人である国原大呉が戸籍を売らなければならなかったことを重ねてしまいます。

 

演出でニクいと感じたのは、喜助が染太郎に切り火をかける場面です。カメラのシャッター音や紙をちぎる音にも効果音をつける演出なのに、ここは浜端ヨウヘイさんの演技だけでした。自らお金のために不見転芸者の道を進むことにした染太郎への清めの火に胸が締め付けられる思いでした。

 

今回の再演は紅組と墨組のダブルキャストであり、私は墨組のみの観劇となりましたが、どの役者さんも非常に個性が立つ演技で、大千穐楽を迎えた今、両方を見比べたかったと後悔が残ります。ただ、DVDが発売されるということで、見返すことができるのが楽しみです。

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追記

終演後に数名の役者さんとお話し、サインを頂くことができましたが、ステージ上と変わらぬ空気感で、役者さんの特性を活かす演出だったのだと感じました。また、公演パンフレットが完売で、後日郵送という対応をしてくださり、非常にありがたかったです。先日届き、早速拝見すると、堀越涼さんが『ゲイシャパラソル』を書いた時にはまだ平成が続くと考えられていたこと、そしてたくさんのキーワードを散りばめ、それが集まって一つのストーリーを作り上げたかったこと、ラブストーリーを書く時に何らかの要因によって影響を受けた2人の関係を描きたいということなど、非常に盛りだくさんでした。